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2008年11月 2日 (日)

侵害され続ける個人の幸福

テクノロジー犯罪に遭遇して148
私は東京都豊島区南長崎4丁目12番5号に住む在宅ワーカー内山治樹という46才の男性です。ハイテクノロジーを利用した犯罪者との格闘を毎日一方的に強いられ続けています。このブログはその被害報告を兼ねた日誌です。年内12月に被害報告書籍発行決定。

11月1日(土)
嫌がらせの度合い:●限界 ◎特に酷い ○酷い △普通(我慢できる程度)×ほとんどなし
今日の嫌がらせ:声△ 肌の撫で回し○(胸、腹部、右膝、背中)気配△ 電磁波△(頭部に強い照射感と圧迫感、背骨に強い圧迫感、肝臓が硬くなっている感触)

被害は相変わらずであるが、音声送信はやはり警戒していて、以前のように無軌道に振る舞うことがなくなってきている。しかし肌の撫で回しを始めとする身体攻撃は以前継続している。食べることに関してはやはり拘りはするものの外食をしている際には被害は軽くなる。意識が外向しているせいもあるのだろう。とはいえそう頻繁に外食できるようなほど豊かではないし、自炊することに抵抗があるわけでもない。
夕飯は自炊でラーメンをつくったがやはりかなりひどい肌の撫で回しの被害を受けた。音声により「何でぼくたちのいうことが聞けないんだ」「何で夕飯を食べるんだ」「止めてくれ、食べないでくれ」と送信される。まったく理解に苦しむ。3食を食べるということは世の中の自然な流れだと思うし、私はそのように両親からしつけられてきたし、自炊をいとわないくらいに食べることは大事にしている。冷凍食品やジャンクフード、即席食品は付き合いや気まぐれ以外では口にしない人間である。それは実績が証明している。おそらく私の加害者は食べることに無頓着かあるいは食べたくて仕様がないのに、何らかの理由で食べれない存在なのかもしれない。とにかく異常なほど食べることに執着する。こちらは幼少時からずっとこのように生きてきた。それを高々2年前に現れ、得体の知れない方法で人にコミュニケーションをしてくるような存在の言うことなど聞く気にもならなくて当然であろう。しかし折角自分が大切な時間を割いて、大切なお金を使ったり、気を使って育てた野菜の収穫物を使って真面目に作った食事を食べている時間を何百日も侵害され続けているのは心外以外の何物でもない。
それでも食べることは好きでその度に幸福感は感じている。侵害もされてはいるが、自分の幸せを剥奪されることなどあり得ない。そんな権利は誰にもない。私は今住んでいる家には今の家屋が建った21年前には6人の家族が同居していた。その6人が食卓を囲んだ机をそのまま今でも私は利用している。今では私一人に成ってしまったが、その頃の習慣や記憶や残像はまだまだ鮮明に残っている。それをテクノロジー犯罪の被害者に侵害されようとしている。相手は空中に漂う法整備が為されていないことを良いことに悪事を垂れ流している生ごみ以外の何者でもない。今日も全国の至る所で被害者に睨まれ恨まれ怒られしている輩である。相手にする方が間違いなのだが、身体攻撃までされてしまうと、無視することは基本的に無理である。そこまでして自分の悪事を見せびらかしたいほどの論外の心にまで、この技術にのめりこんでしまっているのだろう。その空しさややるせなさまで感じなければいけないのだ。これがテクノロジー犯罪の被害者の実態なのである。単に音声送信や身体攻撃に耐えているだけではない。

今日は週末ということもあって、比較的緩やかにスケジュールを進行していった。食後いつもの肌の撫で回しに耐えながら今日の午前中に宅配便で遅られてきた。被害報告書籍の原稿の前半を読み通し、内容の確認を行った。それだけで3時間の時間があっという間に経過していまった。この前半部分には現在この犯罪に対するメカニズムの有力な推測と実態報告が記されているところであって、これをじっくりとゆっくりと読んでいると、音声送信はほぼ止んでしまった。読み終わった後には「年明け早々大変なことになると思います」「被害者の方々にとっても大変な本になるんでしょうね」「私たちいったいどうなるんだろう」「こうなったらもう応援しようかな」とかの音声が乱れ飛び始めた。私にだってまったく予測がつかない。れっきとした犯罪絡みの事態の渦中に自分の身が晒される恐れもあるのだ。しかしそれを考えると冷静でいられなくなりそうなので、いつも通り愛犬を散歩に連れ出し、寒くなり始めている街をひたすら一緒に走りまくった。こういう時にはこんなふうに少し激しく身体を使うのも有効である。
問題は帰宅後である。ここのところシャワーを浴びてからのくつろぎの時間の被害が激しくなってきている。掠れ声の老人の声(フジワラ君と名付けている声)が寄ってきては何やら勝手し囁くように喋っている、地酒をちびちびと楽しんでいると、今日は普段の数倍の激しさで右膝に肌の撫で回しが走った。とても耐えられずパジャマを膝までまくり上げ地肌を出した。普段ならこれで防御ができるのだが、今日はそれでも無理でよほど強力な電磁波を照射したらしい。膝の上に手を置き、自分の手の感触でテクノロジーによる感触を防御する以外になかった。腹も立ったが自分にとっての幸せを侵害されることの方が余計に腹立たしいので、何とか無視するように意識を操作した。数分間の我慢の後、諦めたのだろう。撫で回しは終わり、音声も遠のいていった。このように要所要所に現れ、人の幸せを侵害する嫌らしさ、まさにストーカーの神髄といえるだろう。

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