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2009年2月12日 (木)

記録と記憶

テクノロジー犯罪に遭遇して249
私は東京都豊島区南長崎4丁目に住む在宅ワーカー内山治樹という47才の男性です。ハイテクノロジーを利用した犯罪者との格闘を毎日一方的に強いられ続けています。このブログはその被害報告を兼ねた日誌です。12月5日被害報告書籍「早すぎる? おはなし」発行。現在講談社出版サービスセンターより発売中! 詳しくは文末の広告をご覧下さい。

2月11日(水)
嫌がらせの度合い:●限界 ◎特に酷い ○酷い △普通(我慢できる程度)×ほとんどなし
今日の嫌がらせ:声○ 肌の撫で回し○(胸、腹部、右膝、脇の下、背中、腕、肩、尻)気配△ 電磁波△(頭部に強い照射感と圧迫感が頻発、背骨に圧迫感、肝臓に痛みと照射感)

昼にこのブログを仕上げ、午後一で池袋まで出向く。池袋のジュンク堂についに私の被害報告書籍「早すぎる?おはなし」が入荷されたのである。あるはずの書棚に向かい探してみるものの見当たらないのでこれはもう売れたしまったと判断した。入荷といっても2冊だけだったためすぐに在庫は無くなってしまうわけだからもう少し入荷してほしいものだ。
被害は外出中でも平然と為される。何かを買う度にその買い物が正しいのか、今日買って良いものなかとかのマインドコントロールごっこみたいなことを送信してくる。「何で今日CDが買えるんだ」「何でモーツァルトのCDが買えるんだ!」「何でこの店で買えるんだ!」「何で無駄遣いばかりするんだ」一つの買い物をするだけでもこの調子である。
今日はよりによって様々な店でで少しずついろいろな物を買ったので本当に喧しかった。ひどい場合は上半身に肌の撫で回しが発生したりもした。

帰宅後は部屋に戻った途端にいつも通り、弱くはあるが肌の撫で回しが始まり出す。あとは延々と夜になるまで何かというとベタベタと気持ちの悪い撫で回しの連続だった。夜は外出はせず、晩酌をしながらDVD観賞をした、炭焼きでカレイやウインナソーセージや野菜を焼いたり、マグロの刺身やほうれん草のお浸しなどで祭日の夜を楽しもうとしたのだが、やはり毎度のようにやっかみによる喧しい音声送信と肌の撫で回しが強くなったりして折角の憩いのひと時が妨害されてしまう。こちらも無視をするのに必死である。ある程度酒が回り気分が良くなったり、また映画に著しく集中でもしない限りは音声送信は介入してくるのだ。昨晩は2本の映画を観賞したが、1本目の作品の前半はかなり激しく妨害された。以降酔いが回りだすと段々と嫌がらせのレベルは低下してきて、2本目の映画を観賞している頃には、ほぼ静寂状態となったようである。

結局昨日も祭日だというのに、かなりの時間を被害のことで持っていかれてしまった。別段苦痛なことばかりではないのだが、本来の自分の人生に沿った展開でないことが毎度のように気になって仕様がない。そしてそれは絶えず気にしていて良いことなのだと思う。昨日夕方にも同じ被害者の女性から電話があり、そういう内容のことを話合った。
この人は加害者の特定をしておかなければいけない必要性に迫られたらしく、その件で電話を頂いたのだが、輪郭くらいは掴んでおく必要はあるが、それ以上の干渉は控えた方が被害から自由でいられるという私なりの考えを述べておいた。
私内山はグラフィックデザインという伝達即ちコミュニケーション畑の仕事を生業にしている人間なので尚更そういう観点でこの事態に取り組むことに自然となってしまうのである。まさに広報のためにこのテクノロジー犯罪と称される複雑極まりない事態に対応し続けているようなものだ。七転び八起きというのか、テクノロジー犯罪関連のことについても不可視で行われる犯罪ということで、よりによって視覚伝達の仕事即ちビジュアルコミュニケーションの専門家に被害を為すとは、これは本当に無謀なこととしか思えないのだ。まさに天敵に喧嘩を毎日売り続けているようなものである。この扇情や挑発なら私も毎日のように乗せられても構わないのだ。その集大成として世に出たのが「早すぎる?おはなし」であって、それで終わりということはあり得ないわけで、現在も2冊目の構想。この犯罪のメカニズムの、より明快かつ美しいビジュアル表現印刷媒体の構想や制作など、すでに具体的に進行している。

そして近未来にこの事態を世の中がどのように受け取るのかについても被害者の方々とよく話すことがある。この苦痛の強要の日々のその蓄積の代償をどうすればよいのか、今後さらに被害者が増え、ついには事態が社会現象になった場合、政府や公安はどう受け取るのか、それに対する準備は実は裏で静かに進行しているのではないか云々。

しかし事態が事態なだけに通常の犯罪としての扱いではなく、特殊な犯罪として取り扱われ、はっきりとした境界線が設けられることは間違いなく、捜査法や調査法も全然異質なものになることは間違いない。まさに「特殊犯罪課」という部署が設立され、そこでは何を基に捜査や調査が為されるのかといえば被害者の被害記録(文章、画像などによる)と被害者の記憶を基に進められる以外には考えられないのである。
記録はまだしも「記憶?」と誰もが疑問に思うかもしれない。しかし感覚送信レベルの被害者ならば少し考えればこの意味は十分にご理解頂けると思う。もはや生体周波数を読解され、無線により機械と繋がれてしまったのならば、その人間の脳裏に浮かぶ情報のすべてがデータ化可能なのである。
昨日本当にひどい目に遭遇した栃木県佐野市の被害者耳印さんが、3日前の尿管結石の痛みを翌日同様に味わわされたのも、加害側が本当の痛みをデータ化できたからこそ可能だったわけで、その当たりは朝飯前といえるのだ。即ち被害者の記憶が通常の犯罪の物的証拠となり得るということ。もちろん警察側にも同様の機械が設置され、その機械の前で改めて警察側からの感覚送信が為されることにより、被害者であることが立証されることになるし、また日々の被害についても記憶から相当量の鮮明なデータを得ることができ、その中に加害者を特定できるような材料が相当数転がっていると思われるので、その筋から加害者を特定する捜査が開始されるというのが私の未来予測である。
もちろんブログを始めとする被害記録を付けているかいないかでも実証性は大きく違ってくるだろう。
そういう意味合いでの「記録」と「記憶」ということなのだ。

世の摂理を平然と犯し続けている無謀な加害者の末路は私には「暗黒」にしか思えないのである。


さて被害報告書籍「早すぎる?おはなし」の現状ですが。講談社の個人出版部門講談社出版サービスセンターに問い合わせてみたところ、1月の講談社への発注が書店より107冊、個人より3冊ということでした。2月に入り5日の時点ですでに13冊が発注されていて、さらに12月の注文数106冊を加算すると講談社出版サービスセンターだけで229冊。そこに私個人から手離れした冊数が現在のところ116冊なので計345冊が世に出たことになり、これに東販と日販ルートで全国に出回った売り上げ数を加算すればよいのですが、それは具体的な数は不明で推測に頼るしかないのが現状となっています。推定で100冊とみても合計で450冊は発売より2ヶ月で出回ったことになります。出版社からはなかなか順調なペースという評価を頂きました。因みに総印刷数は1,000冊です。

早速コメントを頂いたりし、反応が帰ってくるたびに胸をなで下ろすような現状です。そんなわけですのでお読みになりました方はよろしければ何かしらかのコメントお寄せ下さい。今後のためのデータにもなります、重ね重ねよろしくお願いいたします。
いずれにしても公安が頼れない状況です。庶民は庶民の立場からこの事態を広め、社会現象となるように広報に務めていきましょう。そう遠くないうちにその努力は結実するはずです。それと講談社という日本を代表する出版社がバックアップしてくれていることも説得材料としてご利用下さい。これは特に重要なことです。

余談になりますが個人出版には報酬というものはありません。もちろん原稿料や印税なども当然ありません。出版のために支払った費用が売れた分戻ってくるだけです。よって著者が黒字になるということはないのです。増刷されても増刷料金が発生するだけで、報酬は発生しません。そこを誤解なさる方が多いようなのでとりあえずここに記させて頂きます。著者の目的は飽くまで広報一本だということをご記憶願います。一応私もNPO団体の会員ですので……


被害報告書籍「早すぎる? おはなし」は無事発行されました。その広報チラシの画像はまだ当分貼っておくことにします。コピーは自由ですのでどうぞデータとして欲しい方はご利用下さい。さらに現物が欲しい方は、コメントおよびメール(nra16393@nifty.com)にて私、内山治樹まで住所等をお知らせ下さい。お一人1〜10枚まで着払いで宅急便でお送り致します。是非広報の材料としてご利用ください。

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