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2015年3月18日 (水)

テクノロジー犯罪に遭遇して2587

私は東京都豊島区南長崎4丁目に住む在宅ワーカー内山治樹という53才の男性です。ハイテクノロジーを利用した犯罪者との格闘を毎日一方的に強いられ続けています。このブログはその被害報告を兼ねた日誌です。2008年12月5日被害報告書籍「早すぎる? おはなし」発行。2010年5月12日「テクノロジー犯罪被害者による被害報告集」2013年6月15日「テクノロジー犯罪被害者による被害報告集第2巻」(編者・制作者として)発行。現在講談社ビジネスパートナーズより発売中!  一日でも早く被害追体験装置の登場を

3月17~18日(火~水)

今日の嫌がらせの度合い:☆処刑を望む★殺人レベル ●滅茶苦茶 ◎特に酷い ○酷い △普通(我慢できる程度)ラほとんどなし

今日の嫌がらせ:声(声によるなぞり)● ノイズとガキ● 肌の撫で回し★ (胸、右膝、脇の下、背中、肩、大腿、股、尻) 気配● 電磁波★(睡眠妨害、頭部に照射感や圧迫感と鈍痛。背骨に圧迫感、乳首に操作、走行妨害、資源浪費の強要、食物への冒

これを記しているのは18日の19時10分である。しかし被害記録については17日と18日をまとめて記させてもらう。というのは思っていた以上に被害は遠のいてくれたからだ。

目立ってひどかったのが、17日にかけての滋賀の親せき家での就寝中と、18日の帰りの新幹線の中、それ以外はほとんどウソのように被害は遠く、たまに独りになるとノイズやクズガキ声や軽度の触覚被害があった程度で済んだ。

まず16日の行きの新幹線を米原で快速電車に乗り換え、野洲という駅で降車し、親せきの車で親せき宅に向った訳だが、ここまでの移動中も相当の被害を予測したのだが、肝心の触覚被害は弱くて済んだ、ましてや親せきと一緒になってからは、まったく被害者でなくいられた。

親せきも比較的高齢で、夜が早いために私は早い時間に寝室へと向い、一人になった訳だが、そこからが大変だった、眠る度に妨害である。最初から眠らせないのではなく、寝付く度に起こすのだ。そういう妨害が朝まで延々と続く、睡眠をぶつ切りではなく細切れにされた感じだ。親せきは朝が早いので、私も7時半には起床したが、全然眠った気がしなかった。

音声送信はノイズといつもの愚か側の声が全て登場しては、無意味で、何の内容もない、戯言を雑言をただただ繰り返していただけだ。ほとんど全身に触覚被害が発生し、相当の不快と苦痛の中、何度も何十度も寝返りをうたなければ過ごせなかった。そのくらいに攻撃が徹底していた。ここでの攻撃はもっともひどかった。

次は西宮の親せき宅に伺い、そこで1泊させていただいたのだが、昨晩とは対象的にどういう訳か睡眠中の被害はほとんどなく、自宅にいるよりも快適に近い睡眠が取れたが、やはり数度の覚醒はあった。一貫してまとまった時間を眠ることはできなかった。

そして翌日の昼ごろに、新幹線の時間まで親せきが大阪市街を案内してくれ、13時頃にお別れし、14時50分発ののぞみ号に乗車し、30分ほどした頃から、ノイズ、クズガキ、愚か声が近寄りだし、触覚被害がかなりのレベルにまでひどくなった。新横浜まで、それとの格闘となる。という訳で乗車中のほとんどの時間をかなりひどい触覚攻撃の苦しめられた。東京駅から山手線の乗り換えてからは、とりあえず被害は遠のく。

18時半前に帰宅、やはり触覚被害は普通にひどくなり、音声送信もいつもと同じ状態に近くなっている。この記録もはだかで、右脇の下にインスタントコーヒーの空き瓶を挟んで記している。

明日からまた普通の日常の始まりである。

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